未就学の兄妹を育てています。
上のお兄ちゃんは、間もなく6歳。
来年の4月からは小学生になります。
生まれてきたのは、ついこの間のような気がするのに、もう小学生!
早いですね。
まだまだ、ママ大好きな甘えっ子ですが、友達や遊びに夢中になってママから離れていくのも時間の問題なのでしょう。
今年はコロナ禍で在宅保育することも多く、例年よりベタベタ過ごしたせいか、近い将来を考えると、ちょっぴり切なくなります。
そんな息子とわたし、野山を駆け回り、海にもぐり、川釣り海釣りで、のんびりまったりデートを満喫しています。
あつまれどうぶつの森
もちろん、アラフィフのわたしがリアルに野山を駆け回ったら、1分持たずに息切れです。
これは、ニンテンドーSWITCHのゲーム「あつまれどうぶつの森」のお話。
無人島に移住して、かわいらしいどうぶつたちと交流しながら、島を発展させていくゲームです。
2020年3月に発売されてから、ずっと品薄が続いていました。
わたしも、何度も何度も抽選販売にハズレ続け、8ヶ月目にしてようやく手に入れたスロースターターです。
現在、わたしの家のとなりにテント生活の夫、道をはさんですぐトリケラトプスの飾られた息子の家があります。
全然無人じゃない島は、むしろ我が家の庭のようです。
夫ともときどき一緒にやりますが、この島で遊ぶのはたいてい息子とわたし。
食事やお風呂を終え、「まだゲームを楽しめる時間の余裕を作れたらやる」というルールのもと、息子とデートをしています。
昆虫好き、恐竜好き、深海好きな息子にとって、全部そろった「あつ森」の世界は、まさに楽園。
作り込まなくとも、ベル(ゲーム内の通貨)がなくとも、そこに島があるだけで天国といった具合です。
それにしても、「きょう、ぜったい もりにいく!」と決めた日の息子の行動は、本当に早い。
いつもそのくらい、テキパキ動いてくれたらいいのに・・・(笑)。
ゆるやかな自然への愛情
ゲームの中ですが、本当に空が綺麗です。
透き通る、青い空。
夕暮れのグラデーション。
満ち欠けする、美しい月。
ぽっかり浮かんで、流れていく雲。
見とれてしまう瞬間が、何度もあります。
きれいだねえ。
きれいだねえ。
息子とわたし、小さなコントローラーを握りしめながら、一緒に何度もつぶやきます。
三日月や半月、満月、十三夜、十五夜、十六夜、新月・・・などなど、ゲーム中に覚えた単語も多いです。
すると5歳の息子は、保育園からの帰り道、「きょうは、みかづきー!」と、日常的に空を見上げる習慣を身に付けたりします。
2歳の娘が一緒に「おちゅきさまー?」とつぶやく帰り道は、なんとも癒しの極みです。
雲の流れる様も気になるようで、虫捕り網を肩にかつぎながら、息子はよくぼーっとしています。
もちろんゲーム内の描写なので、実際の雲のように、1秒ごとに変化するということは残念ながらありません。
そこで、本屋さんで見つけた雲の本を、そっとテーブルに置いておいたら、食い入るように見つめ、買ったわたしよりも何度も熟読(熟見?)しはじめました。
「さいうん(彩雲)って、ぼくみてみたいんだよ」
「うろこぐも、これでしょう!?」
窓から雲をながめる息子は、 わくわくした目を持つ冒険者です。
失敗体験、成功体験
どうぶつの森は、シューティングやバトルのような、スピーディーなゲームではありません。
むしろ、ゆったり。
何もせず、ぼんやりしていても成立する世界です。
でも、魚釣りや虫捕りとなると、ちょっとしたテクニックが必要です。
釣り針に魚が食いついた瞬間をねらって、ボタンを押す。
自分と虫の距離がつまったら、ボタンを押す。
そのタイミングによっては、大切な魚や虫が逃げてしまうのですから、一大事です。
はじめのころ、息子はそのタイミングが分からずに苦戦して、ときどき涙を流しました。
でも、決して「もうやらない」とは言いません。
もう一度、もう一度。
繰り返しては失敗し、ときどき成功をおさめ、徐々に上達していきます。
これって、ちょっと素敵な体験だと思うのです。
失敗すると泣くほど悔しい思い。
でも、だんだん成功していく自分を感じとれる。
最初はできなくても、ちゃんとできるようになるんだと分かる。
「うわー、りゅうぐうのつかいだ!」
「とのさまバッタ、はじめてゲットだー」
息子が捕まえた魚や昆虫が博物館に飾られるたび、わたしのほうが嬉しくなってしまうほどです。
そんな情緒的な部分だけではなく、実際のところ、指先の細かな動かし方や、脳からの指令なんかは、かなり刺激されていると思います。
ただ、ただ走り回ること
息子と一緒に無人島デートを始めて、一番幸せだなあと感じる瞬間。
それは、「ただ、ただ走り回っている」瞬間です。
ただ走る。
島中、走る。
浜辺も、走る。
これ、大人になった今、現実ではとうていできない荒業です。
息子はリアルに日々を走り回っています。
公園でも、保育園でも、デパートでも、どこでもずっと走っています。
わたしたち大人は、その背中をできるだけ最短距離でなんとなく追いかけます。
けっして、ぴったり寄り添うように走りません。
体力的にも無理ですし、仮に鍛えていたとしても、こどもと同じペースでずっと走り回ることはできないように感じます。
なぜなら、走っている意味が見えないから。
楽しくて嬉しくて走っているこどもの意識に、大人は追いつけないから。
でも、この無人島の中でなら、その意味が大人にもなんとなく伝わってくるのです。
伝わってくる、というか・・・思い出すという表現が近い気もします。
猛ダッシュで島中を駆け回っている息子(のキャラクター)に、ぴったりくっついて走り回っていると、何だかそれだけで笑えて来ます。
なんで走ってんだろーね、でもなんでか楽しーね。みたいな。
その思いは、かつてわたしが幼かった頃に、ともだちと分かち合った気持ち。
その感覚を、まさか自分の息子と一緒に呼び起せるなんて、幸せすぎるなあと思います。
むすび
こどもにはゲームをさせないほうがいい。
そんな意見をよく聞きます。
マンガは読ませないほうがいい。
テレビは見せないほうがいい。
・・・とか。
本当にそうなのでしょうか?
ゲームやマンガやテレビでしか、体験できないことも山ほどあります。
むしろ「させない」「おしえない」「みせない」ことで、感動を体験する機会を逃すことも多いのかもしれません。
もちろん、まだ未熟な視力の発達や、時間配分、睡眠、疲労・・・そういったことに留意する必要はあります。
こどもは夢中になると、大人の何十倍もの集中力を発揮して、それこそ全集中で没頭してしまいますから。
大人がやるべきことは、「やるな」という制止よりも、むしろ積極的に一緒に楽しみ、その引き際を見極めることなのかもしれませんね。
今日も、夕食を食べ終わったら、お風呂に入って寝るまでの時間、息子とパジャマでデートできるかな。
考えると、わたしもウキウキします。
※はてなブログの、お題「#買って良かった2020 」に参加しています。
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